まどか先生の小学校受験相談室

南坊まどか

南坊 まどか

昭和33年1月10日生まれ。大阪府堺市出身。
昭和45年、帝塚山学院中学部に入学。
昭和54年、帝塚山学院大学英文学科卒業。

大阪市住吉区に本部を置く母校、帝塚山学院は、1917年、大正6年に創立された幼稚園から大学、大学院までの一貫校です。
当時の学院生達は「一に力、二に力、三に力、力の人」という建学の理念をまさに地でいくようなバイタリティーに溢れた商家の子女が多く、私は10年間、この学校で青春時代を過ごしました。

中学部では、ランタン部(ワンダーフォーゲル部とスキー部を合わせたようなクラブ)と地歴部に在籍し、生徒会活動に励みました。
高等部では、コーラス部とユネスコ部に在籍。系列の大学に進学することを決めてからは、社会科の先生のご指導のもと、国際理解教育関連の論文コンテストやスピーチコンテストに出場し、幸いにも、たくさんの賞をいただきました。また、高校生で構成された友好親善団として韓国や、国交正常化間もない中国にも派遣していただきました。これらの経験は、心も頭も柔らかい多感な時期に、筆舌に尽くしがたい貴重な経験となりました。
高等部時代、もうひとつ熱心に取り組んだのが英会話です。これも、論文やスピーチコンテストと同様、大学受験というハードルのない学校生活でも、常に緊張感をを持ち、努力を自分に強いていたい、という気持ちの表れでした。

大学入学後は、中高時代とはうって変わって劣等生の大学生活ではありましたが、そのかわり、ライオンズクラブ国際協会の青少年交換事業には一生懸命に取り組みました。
大学1年の夏に、短期の交換学生としてニューヨーク州のIthacaに派遣されて以来、翌年にはJulian C. Hyer 国際キャンプの日本代表メンバーとしてテキサス州に。また、カナダのモントリオールや、シカゴやニューオリンズで開催されたライオンズクラブ国際大会には、青少年メンバーとして毎年参加しました。当時の流行語「翔んでる女性」と呼ばれたものこの頃です。

大学卒業後は、恩師であるDan Akahoshi氏の英会話学校に就職。主に子ども達に英会話を教えるインストラクターとなりました。同時に、新聞社や旅行者主催の「海外で開催される子ども向けキャンプ」のコーディネーターとしても従事。小学生と一緒に、アメリカの広い草原を馬で駆け回ったり、急流をボートで下ったり、トレッキングをしたり・・・と、子ども達を引率してのキャンプ参加は、「子どもと関わる」仕事の土台、となりました。子ども達の心を掴むために必要なものは「知識」ではなく「心」だ、ということを身をもって知ったのも、これらのキャンプの経験からでした。
同時に、ボランティアクラブに所属し、主にハンディキャップのある子ども達との交流を中心に活動しました。

昭和58年、結婚。一男一女を授かり、8年間の専業主婦生活を経て、仕事に復帰。
それまでの恵まれた家庭環境と、豊かな教育環境の中で身につけた「すべての経験と知恵」を活かし、人のお役に立つ仕事がしたい、という強い思いから、平成5年、幼児教室マナーズを開校。開校当初から、「受験で合格をさせる幼児教室」ではなく、「受験で人を育てる教室」というのが、私の強い信念でした。
インターネットをいち早く取り入れ、教室のホームページを開設。それ以外にも「まどか先生の育児相談室」や「母塾」等のホームページ、ブログ「ママ達のおやつ」等で、育児に奮闘するご家庭にエールを送り続けています。

 好きなこと・・・
ランニング。夫との時間、我が子とのおしゃべり。きれいなお花を愛でること、おいしいものを食べること、海を眺めてのんびりすること、さまざまなリラクゼーション、老眼鏡用のおしゃれなフレームを集めること。

 好きなもの・・・
大きめのマグで飲むトラジャコーヒー、お気に入りのカップ&ソーサーで飲むフレーバーティー、厚めの皮のぎょうざ、さくらんぼ、ラ・フランス、そして、富士山。

 特技・・・
ダイビング、山歩き、外国語学習。

 目下の目標・・・
20キロを楽々走れるようになること。トライアスロンを始めること。

 

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