
こ1,2年は、一時よりも「学級崩壊」という言葉を耳にしなくなりました。しかし、子ども達の学校生活、学校内の様子が、飛躍的に良くなっている、とも思えません。
昨年あたりからクローズアップされるようになった「給食費未払い」、問題は学校側ばかりにあるのではなく、実際には「家庭の側」にも多くの問題があるのだ、ということを、再認識する報道でした。
こういう良識のない家庭は論外ですが、最低限の良識はあっても、学校生活に非協力的、学校生活に興味を示さない、という家庭も増加しています。
こういう家庭は、自分達が思い描く我が子の将来像を実現すべく、塾での勉強、中学受験への展望のみに必死になる「将来指向型」の家庭、とでも言いましょうか・・・
こういう傾向は公立小学校に限った事ではなく、たとえば、私立の小学校でも、全員が中学受験の必要のある、小学校のみの私立校や、中高がある一貫校でも、多くの生徒が外部校受験も選択肢の一つにしているような学校では、同様の問題が持ち上がっています。
要するに、こういう教育環境の中では、親達は常に、先、先を見つめているだけで、実際に「今、愛する子供が歩いている道がどういう道なのか?またその道のまわりにはどんなものがあって、そういう様々なものから子供がどんな事を学ぶことができるのか?」を真剣に知ろうとしていない親達・・・
先を見つめて、と言えば、妙に聞こえは格好良いですが、実際には、こういう人達の「先を見つめて」は、自分が勝手に思い描いた我が子の到達地点という「幻」に心を奪われているだけなんですね。
世間の評判、評価という価値だけではなく、そこが我が子にとってどんな価値のあるところなのか?についてはほとんど知らず、また知るための努力もしてはいない親が多いものです。
「学校」とは、教科書を使って学び、授業を受けるためだけの環境、ではありません。
学校では、子供達はクラスの友人達と一緒にワイワイと学習したり遊んだりする事で、協力することの重要性を学び、時には反目しあう事で、耐えたり、協調したりすることの必要性を学ぶのです。
そこで楽しい思いをしたり、いやな思いをしたりしながら、多くのことを感じ、経験したことをすべて自分の力に変えていくところです。
もし、学校で勉強をするだけだったら?極端なことを言えば、わざわざ学校に行かなくても、家庭教師をつけてもらって、友人に邪魔されることなく、自分のペースで家庭学習出来るのはありませんか?
学校は、生きていく事、そのものを学ぶ場でしょう。
権が極端に弱くなった今日、家庭の中で大きな存在は母親だそうです。父親は多少、仕事の忙しさを言い訳にして、違った時代、違った環境に生きる息子や娘に、何とか自分が歩いてきた「真っ当な道」を教えようとします。
しかし、多くの場合、イヤな思い出などは風化し、心にクローズアップされて残っているのは、美化された思い出ばかり・・・それが父親です・・・とかく父親は、そんなご自分の昔を押し付けようとするために、子供達を白けさせてしまいます。
そこに登場ずるのが、勉強のことばかりを口うるさく言う母・・・子供を愛していると言いながらも、自分でも気づかぬママ、実際には子供そのものは見ようとはせず、自分にとって都合の良い理想像を描きながら細かい指示、注文をする母・・・・
子供は、そういう家庭で何を学ぶのでしょうか?きっと答えは「反発」?少なくとも、「信頼」ではないでしょう。
確かに、様々な問題を多く抱える現代の小学校です。子供達の中には、学校ではなく、むしろ塾の生活が自分にとって楽しく、塾の先生や塾の友達との時間に「価値」を見いだしている子供もたくさんいます。思えば、それは至極当然のことですね。
なぜなら、中学受験という同じ方向を向いた生徒達と先生の集団、それが塾ですから・・・
しかし、私達が生活をしている「社会」はどうでしょう?決して、皆が同じことを考え、同じ方向に向かっているわけではありません。
繰り返します。学校とは、子供達が「生きることを学ぶ場」として絶対に必要な環境です。その絶対に必要な場を、社会人である親が、なおざりにして良いわけはありません。
あなたは、我が子が通う学校を、そこでの学校生活を、心から大切にしていますか?塾ばかりに目が行き、学校生活を軽んじていませんか?
中学受験を目指していても、当然、基本は学校生活です!
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